冷凍鰻蒲焼の紹介

introduction

冷凍蒲焼の歴史

日本で始まった鰻養殖事業は、1970年代に温暖な隣国・台湾にその新天地を求めて技術移転。台湾での鰻養殖は、鰻の生長に最適な気候に恵まれ大成功をおさめ、その養殖量は飛躍的に増大しました。さらに養殖した鰻を、現地にて焼いて加工し、味付けまで行うようになっていきました。ここに「養殖からから蒲焼までの完全加工品製造体制」が完成しました。これが現在スーパーなどの店頭で目にする「冷凍鰻蒲焼」の始まりです。最初の「冷凍鰻蒲焼」作りには、実に多くの日本の業界関係の先達がかかわりました。いくつかの大手スーパーマーケット・輸入商社・市場関係者・業務食品関係者、そして何より日本の鰻産地の関係者(養殖用飼料に始まり、工場設備・うなぎのタレ・冷凍物流等々)の支えがあり、数え切れない多くの各方面のプロフェッショナルな仕事の結晶となるのが「冷凍鰻蒲焼」という商材です。

時代は流れ、1990年前後に、鰻養殖と加工の中心は中国大陸へシフトしていきます。中国ではその広大な土地と、豊富かつ良質な労働力に、改革開放後の経済急成長の時期と重なり、鰻養殖量と加工品生産量は飛躍的に伸び、2000年頃にピークを迎えます。
ちょうどこの時期に「冷凍鰻蒲焼」は、消費面でも大きな変化が生まれ、マーケットの大きく拡がる要因となりました。簡便な調理で食せて、栄養価は高く、万人受けするタレの味等々、日本人が生み出した「冷凍鰻蒲焼」は、日本にとどまらず、十四億の胃袋を持つ中国大陸でも消費されるようになりました。更に、そのマーケットは東アジアから東南アジアの国々にも拡がり、ついには欧米諸国やロシア等の経済成長新興国でも食されるまでに拡大を続けてきました。
一方で、従来の品種「AJ種(ジャポニカ種/ニホンウナギ)」の養殖用稚魚(シラスウナギ)の減少傾向が数年来続き、その資源的な危機感から、いくつかの新顔品種「AA種(アンギラ種/ヨーロッパウナギ)」「AR種(ロストラータ種/アメリカウナギ)」等が導入され、新たな資源として既に鰻マーケットに定着していきました。2010年代以降に導入された新しい品種は、従来のAJ種と互いに補完しあいながら「冷凍鰻蒲焼」の安定供給にも貢献しています。

製造工程

〈原料入荷〉

養殖場から届いた原料鰻は、48時間前後の「蓄養」(流水で鰻の体内・外をきれいにする)を経て、工場内に入ります。

〈割き〉

氷締め後の鰻を熟練の割き手が開き、内臓その他を除去します。

〈白焼〉

皮面、身面の順にゆっくり・じっくり白焼にします。下火に炭火も使い、身の表面が焦げすぎないよう気をつけながら、中までしっかりと火を通します。

〈蒸し〉

長い蒸し器の中をゆっくり通し、絶妙の柔らかさを実現します。

〈蒲焼〉

タレに浸け焼きすることを3回繰り返し、最後に仕上げダレに浸けて蒲焼が完成です!

〈凍結 ・選別・梱包〉

熱々の蒲焼を、予冷の後「IQF凍結」(約40分の急速冷凍で焼きたてのおいしさそのままに閉じ込めます)。オートチェッカーによるサイズ選別などの工程を経て、箱詰め。

〈検査〉

原料から製品まで、「残留薬物・農薬等」「異味・異臭」「形状と食感」「異物混入」等々、数次にわたる抜取り検査・検品を実施。万全を期します。
主な検査・検品は[養殖場・池上げ前][工場入荷時][白焼~蒲焼工程内][梱包時][冷凍倉庫保管後][輸出時][輸入時]。

《現地協力工場》